研究成果(2024年度)
六ケ所および周辺の下北半島における環境トリチウム観測
環境トリチウム観測の研究テーマでは、地域住民のトリチウム理解の促進に寄与することを目的に、核融合研究開発施設を含む関連施設が数多く立地する青森県六ヶ所村とその周辺(下北、八戸周辺)地域において、環境水(河川・湖沼水、水道水等)を採取し、トリチウム濃度測定を実施した。その結果、施設稼働前のバックグラウンド濃度レベルとして、0.21-0.37 Bq/Lの範囲であることがわかった。[赤田、福田、桑田、北山、平尾、吉田、柿内]
また、施設から大気に放出されるトリチウム観測を目的として、大気中トリチウム測定に用いられる吸湿剤(モレキュラーシーブス)の煩雑な後処処理工程を自動化するシステムを、NIFS技術部 設計開発技術課の協力を得て開発した。自動化により一連の後処理作業シーケンスを、人手をかけることなく実施できる。開発したシステムを、2025年2月に大気トリチウム水蒸気観測を行っている福島大学 環境放射能研究所に設置した。設置・調整後、試験運転による問題点の洗い出しを行った。[平尾、田中]
トリチウム生物影響に関する研究
低濃度トリチウム生物影響解析
トリチウム水を含む培地で正常ヒト上皮細胞を30日間培養し、トリチウム持続処理による細胞内への移行について検討した。細胞内のトリチウム放射能は培養開始1-2時間でピークに達し、その後30日間の培養期間中もトリチウム放射能が維持された。この細胞内トリチウム放射能の時間変化は、トリチウム水濃度60 ? 6 MBq/mlの範囲で同じ変化を示し、ピーク時の細胞内放射能は処理濃度と正の線形相関を示した。DNA二重鎖切断(DSBs: DNA double-strand breaks)の誘発を細胞影響の指標として検出すると、6 MBq/mlのトリチウム水処理では処理開始2時間後にDSBs誘発のピークを迎え、その後24時間までDSBs数は一定となった。一方、6 kBq/mlのトリチウム水持続処理では2時間後にDSBs誘発数がピークとなり、その後4時間後まで一定となったが、6時間後以降にDSBs数が減少してトリチウム水未処理時と同じ水準に戻った。以上の結果から、トリチウム水の持続処理では細胞内トリチウムの物理量は低濃度範囲から高濃度範囲まで線形相関を示したために推定することが可能であるが、DSBsは処理濃度によって異なる誘発傾向を示したことから低濃度特異的な誘発に関する実験データを蓄積することがトリチウムリスク評価において必要となることが示唆された。[鈴木]
トリチウム水(HTO)で見つかった突然変異に対する線量率のしきい値がトリチウムβ線特有の事象なのかどうかを確認するため、体細胞突然変異の高感度検出系であるGM06318-10細胞に6.6, 20, 50, 200 mGy/dayの線量率で総線量200 mGyのγ線を照射し、γ線誘発突然変異体頻度および得られた突然変異体の変異スペクトル解析を行った。γ線誘発突然変異体頻度は20, 50, 200 mGy/dayに対して6.6 mGy/dayで有意ではないが低くなる傾向が観察された。これは20 mGy/day以下の線量率で誘発突然変異体頻度が減少したHTOの結果と一致する。一方で変異スペクトル解析では特に200 mGy/dayにおいてHTOばく露との顕著な違いを観察した。これらの結果は、γ線においてもHTOと同様に突然変異に対する線量率しきい値が存在するが、突然変異の誘発メカニズムは異なる可能性を示唆している。[長島]
細胞質に局在する有機結合型トリチウムの影響を解析する指標として、ミトコンドリアDNAの断片化と細胞質への漏出を検出する実験系を確立することを研究目的とする。これらの指標は、放射線の発がんの初期過程に関与することが想定される。研究の成果として、蛍光免疫染色法によって、放射線がミトコンドリアの損傷とミトコンドリアDNAの細胞質漏出を誘導することを明らかにした。[志村]
低濃度トリチウムをモデルとする低線量・低線量率放射線被ばく生物影響解析
ゲノム編集技術を用いて改良した新たな突然変異の高感度検出系を用いて、0.1 Gy?1.0 Gyの範囲のX線照射実験を行い、従来型の高感度検出系と同様の線量応答感度を持つ一方で、自然誘発突然変異が大幅に低下し、放射線型突然変異が線量依存的に応答していることを確認できた。[田内]
放射線影響評価のための新たな指標として 1 Gy以上の放射線を被ばくすることでマウス血液細胞のミトコンドリアDNAが細胞質に漏出することを明らかにした。放射線によるミトコンドリアDNAの細胞質漏出は、照射後1日目から現れ、少なくとも7日目まで観察された。さらに、 細胞質ミトコンドリアDNAとDNAセンサーであるcGAS(cyclic GMP-AMP synthase)が共局在することから、細胞質ミトコンドリアDNAは異物としてcGASに認識され、免疫応答の活性化に関与することを明らかにした。[志村]
放射線による発がんメカニズムを詳細に解析するために、放射線発がんに対して高い感受性を示すマウス系統を用いて発がん実験を実施している。そこで得られた腫瘍試料からDNAを抽出し、ゲノム変異解析を行った。その結果、放射線の線量依存的に誘導されるゲノム変異を検出し、放射線照射によって誘導された特有のゲノム変異パターンを同定することに成功した。[笹谷]
研究成果(論文発表、会議発表)
論文発表: 下線は研究協力者を示す。
- N. Akata, K. Okada, N. Otashiro, H. Kuwata, K. Kheamsiri, K. Ohno, Y. Yoshinaka, R. Yamada, M. Tanaka, Performance test of improved commercially available tritium enrichment system: Toward rapid and high efficiency enrichment, Radiat. Environ. Med., 13, 60-64. (2024).
- 田内 広:(解説)日本におけるトリチウム生体影響研究の現状と課題,イノベーション戦略を支える安全基盤研究体制維持のために.ATOMOS(日本原子力学会誌) 66(11), 574-577, 2024.
- Isobe R, Suzuki M, Endo S, Kino Y, Ishikawa R, Inaba Y, Fukumoto M, Chida K. Analysis of cellular effects by continuous exposure at low concentration of tritium. Radiation Protection Dosimetry. 2024; 200(16-18): 1631-1635. https://doi.org/10.1093/rpd/ncae112
- Suzuki M, Isobe R, Sato T, Ishikawa R, Suzuki K, Kino Y, Miura T, Inaba Y, Chida K, Fukumoto M. Establishment of acquired radioresistant cells to fractionated radiation from hTERT-immortalized normal human epithelial cell. Radiation Protection Dosimetry. 2024; 200(16-18): 1636-1640. https://doi.org/10.1093/rpd/ncae118
- Guanyu Zhou, Tsutomu Shimura, Taiki Yoneima, Akiko Nagamachi, Akinori Kanai, Kazutaka Doi, Megumi Sasatani: Age-Dependent Differences in Radiation-Induced DNA Damage Responses in Intestinal Stem Cells, Int J Mol Sci, 25(18):10213, 2024.
- Shimura, T., Takahashi, Y., Saito, C., Maida, R., Sasatani, M. and Ushiyama, A. “Ionizing radiation triggers the release of mitochondrial DNA into the cytosol as a signal of mitochondrial damage” (submitted)
会議・学会発表:
- N. Akata, M. Tanaka, S. Hirao, “Tritium in the environment and its analytical method,” The 7th Bilateral Workshop on Radiation Research and Related Issues 2024, Bangkok, 2024.12.11-12. (invited)
- 赤田尚史: 「トリチウム環境動態と生体影響の基礎」、大気環境学会 放射性物質動態分科会講演会、東京(ハイブリット)、2025.3.3.(招待講演)
- 志村 勉: 「放射線発がんにおけるがん微小環境の役割」、第6回 放射線災害・医科学研究拠点 ワークショップ 福島市、2025.2.19
- Megumi Sasatani, Guanyu Zhou, Tiancheng Liu, and Tsutomu Shimura, “Radiation-induced intestinal tumor risks in childhood and adulthood using ApcMin/+ mice,” 9th International Symposium of the Network-type Joint Usage/Research Center for Radiation Disaster Medical Science、2025.2.19
- 和泉哉汰、礒部理央、佐藤拓、山下琢磨、木野康志、福本学、鈴木正敏、千田浩一、低濃度持続処理によるヒト細胞内へのトリチウムの取り込み・局在とDNA二重鎖切断誘発との関連性、第26回環境放射能研究会、2025年3月13日、高エネルギー加速器研究機構(奨励賞受賞)